今回私は、卒業論文及び、修士論文の予備調査のため、EDAYAに依頼してフィリピン・カリンガ州のバリンシャガウ村を訪問しました。私の専攻は教育学、特に音楽教育なのですが、大学の授業で教材研究をしていたときに、教科書で見つけた竹楽器Tongatongに興味を持ったのがカリンガへの興味の始まりです。学校音楽教育の中で諸外国の様々な音楽を学習するには様々な問題がありますが、より良い学習のために、教材のロールモデルとしてカリンガ族の竹楽器を選びました。竹という素材を用いた楽器は日本でも再現性が高く、演奏形式などで西洋芸術音楽とは異なる様式を持っていることも大きな魅力です。今回の訪問は、現在彼らがどのような生活をしており、どのような背景のもとに竹楽器の音楽が育ってきたのかを知るための第一歩でした。
バリンシャガウ村ではMiller Udonさんをはじめとする、Udon家の皆さんにお世話になりました。日本とは違う大自然の中で言語も違う人々に囲まれて、最初こそ心細さもありましたが、英語すらろくに使いこなせない私の話を彼らは辛抱強く聞いてくださり、受け入れてくれました。
ホームステイをする中で最も印象的だったのは、日本とは違う時間の流れ、生活観につういてです。人々は時計を持っていません。日が昇れば起きて、落ちれば眠るごく自然な生活を営んでいます。時間を分単位で気にし、スマートフォンとにらめっこをしていた生活とは程遠いスローライフです。食べ物などもその日食べるものを豊かな自然の中から得ていました。そういった生活を考えれば、彼らのコミュニティの中心にあるのは家族のその日の食事のことであったり、生活のことだったりと、家族の絆をとても大切にしていることが感じられます。一方で、バリンシャガウ村では若い世代には携帯電話も浸透してきており、それと同時にこんなにものどかな村でも携帯電話という文明の利器が介入することで、若者は小さな画面を見つめているころも多く、日本と同じように、家族の会話の減少などの問題は起こりうるのではないかと考えたりもしました。
僕が興味を持っていた竹楽器については、ステイ先の家族の方々が実際に作って演奏しているところを見せてくれたり、最終日にはEDAYAのエキシビジョンという形でCommunity thanks givingという歓迎の儀のようなものを行ってもらったりもしました。
EDAYAのワークショップでエドガー氏につくり方を何回か教わったりしたことはありましたが、本で得たような知識とは違い、現地でいつもと同じように竹楽器が作る文化が残っていたことには興奮を隠しきれないこともありました。楽器とともに踊られる伝統的な舞踊も実際に目にしたのは初めてで、また一緒に踊ったりもして楽しい時間を過ごすこともできました。一方で、どういった背景のもとにこの音楽や舞踊が使われてきたのか、歴史や生活との関わりについて深く彼らに聞き出すことはできませんでした。言語の壁などで彼らと十分にコミュニケーションを取れなかったことはもちろんあります。しかし、彼ら自身が楽器や演奏方法、踊りそのものは覚えていても、そのルーツの記憶を失っていることも、事実であるということなのでしょう。
今回の訪問で、私は自分の研究に対する第一歩を確実に踏み出すことができたと感じています。滞在したことで、逆にこれからどのようにカリンガの人たちと関わっていくか迷う部分もありましたが、山下さんとお話しして、自分なりの関わり方を見つけていくのが大切なのだなということも教わりました。最後になりましたが、とても充実した10日間を過ごすことができ、バリンシャガウ村の皆さんや、今回の訪問のアレンジをしてくださったEDAYAのスタッフの方々には本当に感謝しています。本当にありがとうございました。
西山 颯
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